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読書感想文
 なんだかバイク一色のページになってしまった。
 って、自分でしてるんだが。
 そろそろ、他のこともしてみたくなってきたので、作家別の感想文でも書いてみようか。

ウィリアム・ギブソン
 「ニューロマンサー」を手にとったのは偶然だったのか、なにか書評を読んだのかはわからない。
 読み始めてすぐに、はじめて触れる電脳世界のイメージが頭の中に広がっていった。
 そして、なぜかそのイメージは大友克弘のキャラクターセットだった。映画の「幻魔大戦」を観たしばらく後だったからかもしれない。しかし、背景のカラーと登場人物は大友のタッチで描くのがぴったりだった。なによりも、モリィはあのタッチのアニメの顔でなければならない。
 あとがきだったかに、「ニューロマンサー」を評して「大友克弘の世界を描くSF作家がアメリカに現れた」と言った作家がいたと書いてあった。単なる偶然以上のものを語るのは思い込みに過ぎるとは思うが、ギブソンの描く世界は容易にビジュアルなイメージを喚起していくことは間違いないだろう。たまたま、そのイメージを既存のタッチになぞらえたとき大友克弘を思い出した人間が最低2人いるということだ。チバシティの描かれ方から「ブレードランナー」の東洋型近未来年のイメージを見る人もいるかもしれないが、大友の「アニメ」のタッチがよりふさわしいと思っている。
 「ニューロマンサー」はそれなりの長編だが、3昼夜とかからずに読みきったと思う。すぐに次が読みたくなり「カウント・ゼロ」を読んだ。「モナリザ・オーヴァドライヴ」が出る直前くらいのことだったからだと思うが、「モナリザ」の前に「クローム襲撃」を読み、最近になってやっと「ヴァーチャルライト」「あいどる」が読めた。ギブソンの作品は数が少ないのが不満なところだ。
 「ディファレンスエンジン」も読んだがスターリングの世界に影響されているからか、期待したものではなかった。
 ギブソンが寡作(ここに書いた以外は未訳の「All Tomorrow's Parties」と詩、対談くらいしかない)なため、サイバーパンクと呼ばれる作家、スターリング他も読んでみたが「幻魔大戦」のイメージとスピードを喚起する作品は他にはなかった。


逢坂剛
 五木寛之の「戒厳令の夜」が面白かったと話したら、友人に「カディスの赤い星」を薦められた。
 逢坂剛はまったく知らない作家だったが、たしかに「カディスの赤い星」は「戒厳令の夜」と同じ空気を持っていた。
 面白いことは面白いのだが、五木ほど引き込まれて目が離せなくなるものではなかった。
 とはいいながら、そこに出てくるスペインの香りが居心地のいい好奇心をそそって、逢坂剛のスペインものにはまった。サイコ系のシリーズも趣味にはあっているのだろう。古本屋でチェックして、通勤電車の暇つぶしに読むうようになった。岡坂神策のシリーズになって舞台は日本になってもスペインの香りは盛り込まれている。名前だけは知っていた「百舌の叫ぶ夜」にも手をつけた。
 逢坂剛の作品は、読んでいてなにかこうあってほしくないという方向へどんどん進んでいって、結局そうなってしまう疲労感のようなものがある。推理のプロットなどは、想像のつかない二転三転が得意なくせに、残虐シーンとか悪役の行動などは、読みたくない方向へ進んでそれを裏切らないのだ。著者の読者に対する嗜虐性なんではないだろうか。
 そんな、投げ出したくさせながら読みつづけさせる作風と言うのがストーリーテラーとして評価されているところなのかも知れない。